科学研究費基盤B「繁栄と自立のディレンマ――ポスト民主化台湾の国際政治経済学」


最終研究成果:『東洋文化』第94号(2014年3月)


紹介


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  『東洋文化』第94号は「繁栄と自立のディレンマ―ポスト民主化時代台湾の国際政治経済学―」と題した特集号であり、松田康博が代表をつとめる科学研究費基盤B「繁栄と自立のディレンマ―ポスト民主化時代台湾の国際政治経済学―」の成果発表の一部をなしている。

  馬英九政権は、就任一年あまりの間に中台間の非公式対話を再開させ、直航便の定期化、中国観光客の受け入れ、中国からの投資の拡大、金融協力や犯罪者の引き渡しなどの諸協定を結び、また野党の激しい反対にかかわらず経済協力枠組みも締結し、急速に中国との関係緊密化を進めた。また、アメリカの支持を回復し、中国の黙許の下で、WHOのオブザーバー参加さえ実現したのである。他方で、馬英九政権は経済繁栄のために自立や主権および安全保障を犠牲にしているとの批判を台湾内部で浴びている。ただし、中国との経済関係なしに台湾経済の将来を描くことはほぼ不可能になりつつある。こうした事象を学術的に分析し、中台関係の今後の方向性を見出すことが本研究の目標である。

  中国は、馬英九政権の選択に応え、1992年コンセンサス(「九二共識」)という、「一つの中国」についてであるとはいえ、中台で全く異なる定義を持つ「コンセンサス」という名の「交渉の知恵」を駆使して両岸間の経済関係をさらに深める政策を進めている。このような平和攻勢は、陳水扁時期に不安定化した中台関係を、経済を中心として安定化させる結果をもたらした。

  ところが、安定による発展は必然的に次の変化をもたらす。しかも、中台関係は、台湾および中国内部の政治的変化のみならず、日本やアメリカなどさまざまな外界からの影響を受け、同時にそれらに影響を与えるのである。本特集号所載の各論文はこれらの諸問題に取り組んでいる。

  台湾は今後、中国に対する勢力均衡政策をさらに強化していくのであろうか。それとも、台湾は経済的な依存にしたがって中国にバンドワゴンし、いずれ中国の影響下に入る日が来るのであろうか。中国の台頭と中台関係の安定という局面において、どのような地域秩序が築かれていき、日本はどのような国際環境に身を置くことになるのであろうか。本特集号がそれらの答えを出すための一助となれば幸いである。


目次

タイトル著者要旨
特集にあたって
─ポスト民主化時代台湾の国際政治経済学を目指して─
松田康博
現代台湾の「中華民国」
  ―例外国民国家の形成と国家性―
若林正丈
  S・D・クラスナーの主権の定義を援用し、台湾が、中国の外交闘争により国際的法的主権に大きなダメージを受けたものの、自身が主張する領域内において排他的に権威を行使するウェストファリア的主権、国家内部における公式の政治的権威とそれが自身の領域内において有効なコントロールを行う内部主権、国家の境界を出入りする情報、財、人、資本などのフローをコントロールする相互依存的主権についてはダメージが少なく、事実上の国家性を維持している「例外国民国家」であるとし、中国がこの「主権問題」を避けて通れなくなる時がいずれくるはずであるという展望を論じている。

台湾の半大統領制における政策決定
─「両岸経済協力枠組み協定(ECFA)」の事例を中心に─
松本充豊
  台湾が中国と「両岸経済協力枠組み協定(ECFA)」を制定し、締結する政策決定過程を検証することで、台湾の半大統領制の複雑さを解き明かしている。馬英九政権は、統合政府という好条件のもとでも政策実績が安定せず、ECFA締結は国内に混乱をもたらしてしまった。これは、与党議員を含む政策決定にかかわる諸アクターに対して、影響力の行使できるだけの制度的な手段を、総統がほとんど有していないという台湾の政治制度の特徴によることが論じられている。

馬英九の博士論文から読み解く日台漁業交渉小笠原欣幸
  2000年代に日中間で悪化した尖閣諸島を巡る問題に対して、同じく領有権を主張している台湾の馬英九政権がどのように対応したかを明らかにしている。馬英九には「2つの顔」があり、1つは学生時代保釣運動に参加した民族主義者、もう1つは,主権争いを棚上げして海洋資源の共同開発を主張する国際法学者である。2012年の対立悪化局面においては前者が、しかし2013年4月の日台漁業取り決め締結の際には後者が表にでて、その結果日台関係は安定化の軌道に戻った。このような馬英九政権の事態収拾プロセスが、馬英九の博士論文および日台漁業交渉過程の2つから考察されている。
ポスト民主化台湾と日本─関係の制度化と緊密化─福田 円
  陳水扁時期と馬英九政権時期の対日関係の比較を通じて、日台関係を制約する要因と推進する要因がどのように作用したのかに着目しながら、日台関係の具体的進展を論じている。第1に両政権は互いの対日政策を批判しているが、ポスト民主化期の台湾と日本の関係には、政権交替による断絶よりも一貫性の方が強く見て取れる、第2に、日台関係の制度化と緊密化は、日中間の政治的合意の枠内で、そこに残された解釈の余地を利用するかたちで進んでおり、この政治的合意を否定してはいない、第3に、日台間において提携可能な案件と不可能な案件が、中国の反応によって左右される側面がある、そして第4に、構造的な制約要因の一方で、グローバル化のなかで日台社会の同質化が進み、外交関係がない制約が障壁となることが少なくなっている、などが指摘されている。

東アジア経済の変動と日台ビジネスアライアンス佐藤幸人
  日本企業と台湾企業が、第三国とりわけ中国において手を組んで事業をするケースに注目し、日台ビジネスアライアンスの東アジア経済の中の位置づけを考察している。日本の生産システムがアジアの生産システムの一部に再編されていく中、そこに蓄積された技術もまた位置づけが変わる。しかし、多くの中小企業は長く日本の生産システムの中で発展したため、そこにロックインされ、独力で海外展開を進めるビジョンや能力を十分に備えられなかった。このとき、台湾企業とのアライアンスが日本の中小企業の海外展開を助ける有力なオプションの一つであること、すなわち日本の生産システムが蓄えてきた技術を日本から解き放ち、新しく生成されつつあるアジアの生産システムに組み込んでいく1つの装置であることが論じられている。

馬英九政権の大陸政策決定過程における与党・中国国民党の役割─国共プラットフォームを事例として─黄 偉修
  中国国民党と中国共産党の交流・対話メカニズムである「国共プラットフォーム」(国共平台)を事例として、台湾の馬英九政権期における国民党が大陸政策決定過程で担う役割について分析している。国共プラットフォームとは、馬英九政権にとって交流を通じて、政策形成のために大陸内部の情報や中共執行部の意図などを把握するためのルートである。中国国民党執行部は組織的に決定過程に関与するようになったものの、国共プラットフォームは決して「党が政府をリード」していたわけではなく、あくまで馬英九政権のコントロール下にある中国大陸とのチャネルであった。しかし、馬政権は政府の事務系統にいる党員を大規模に動員し、党の活動に参加させたことと、馬英九自身の政治的リーダーシップの脆弱さもあり、台湾社会において国共プラットフォームの役割は過大評価され続けていることが指摘されている。

中台関係の安定期における日中関係の展開高原明生
  2008年以降中台関係が安定する一方で、中国の対外闘争の主要な対象として日本に照準が合わされた事情について、特に国内政治と対外闘争の連動性に焦点を合わせて分析している。中国では、国内政治と外交国防政策の連動、すなわち国民統合の求心力を高め、党内抗争を有利に展開する上で、対外的な対象を設定して闘争を仕掛ける手法がしばしば採られてきた。かつてその対象として頻繁に選ばれたのは台湾であった。ところが馬英九が親中路線を打ち出すと、中国は対台批判を止め、海外での認知競争も「休戦」状態となった。しかしほぼ同じ頃、中国国内では発展方式のあり方や国家の現状評価、今後の改革や外交政策の方向性などをめぐって深刻な党内対立が表面化した。同時に社会における権力の濫用や汚職腐敗の蔓延、所得格差の拡大や環境汚染の悪化などをめぐる一般大衆の不満が増大した。そういう国内状況と、強烈な対日闘争の展開が関連していることが実証されている。

馬英九政権下の中台関係(2008-2013)
─経済的依存から政治的依存へ?─
松田康博
  2008年から2013年までの馬英九政権下の中台関係の特徴を明らかにしている。陳水扁政権は、台湾アイデンティティを動員する選挙政治を繰り返して中国との関係を悪化させてしまった。一方で、同時期に台湾の対中国貿易依存度は急速に高まった。馬英九政権は、対中国融和政策をとってこの矛盾の解決を試みた。ところが、中台間の接触が増えたことで、かえって台湾における台湾人アイデンティティは強まる趨勢にあり、「一つの中国」に言及して対中接近を測る戦略は単に経済的繁栄を維持するための方便となっている。経済協力などを中心とする機能的領域に関する中台間の協定が、臨界点を迎えつつある中、近い将来双方が政治的な和解に踏み込むかどうかが焦点となりつつあることが論じられている。

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